支援員

なぜ教育者の道から支援員の道へ

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~教員しか考えられなかった私が支援員になったわけ~

私は大学生時代、学童を中心とした、学校、家庭の三者連携の可能性について研究していました。

もともとは小学校の教員志望で、入学し、三年の時の教育実習でも教師という仕事にやりがいを感じていました。そして、子ども理解のため、大学入学から1年間放課後等デイサービスで働き、健常児の子と触れ合いたいということで大学2年から卒業まで学童でアルバイトをしていました。教育実習にしても、放課後等デイサービスにしても、学童にしても、毎日のように子どもたちを関わることがうれしくて、楽しくて、充実していました。

そして、やはり教育は未来を支える仕事と思い、これほど魅力的な仕事があるか。と思う程、教員という職業に憧れを抱いていました。

しかし、進路選択が迫る3年後期、私はバイト先の学童でとある女の子にこんなことを聞かれました。

「ひろひろ(私)の将来の夢ってなに?」

私は、その時、「学校の先生」と、答えることができませんでした。

確かに実習では貴重な体験をさせてもらったし、教育について興味も熱意も持ち合わせている。でも、なんで私は教員と答えることができなかったんだろう。

私は、その場をなんとなく濁して、そのまま退勤しました。それからしばらくは、あの女の子から言われた一言が忘れられず、油断すると、つい考え込んでしまう程気になっていました。

そして、自分と向き合う中で、自分が何を目指しているのか、これから何をしていきたいのか、答えを出すことは簡単ではありませんが、1つだけわかっていることがありました。

それは「子どもたちの夢や目標を応援すること」が大好きだということです。

もともと、自分も教員になると小5のことに決めて以来、いろんな人の支えもあって教育学部まで、夢の一歩手前まで来ることが出来ました。これは本当に幸せなことであり、振り返っても後悔することはほとんどありません。

そして、夢や理想、目標を語ることが好きです。また、子ども達の夢や目標を話している姿がとても輝いて見えて、「自分も負けたくない」と思うくらいに、何かに向かって頑張る姿を魅力に感じてしまう人間のようです。

そんな人間だからこそ、もうひとつ、大きな夢が出来ました。

「子どもたちの夢を応援してあげられるホームベースを作ること」です。

それを考えた時、学校では、教室では難しいかな、と思ったんです。学校は教養を学ぶ場所であって、読み書き計算などの学問を学ぶための場であるということ。担任1人の自由度は決して高くないという事実がありました。

それを踏まえて、私は「自分の学童を作ろう!」と決心しました。

そのために、まずは学童保育について、もっと知りたい!

と考えた時、自分はすごく恵まれた環境でした。

自分の勤める学童は経験豊富な職員、行政や福祉機関との連携を積極的に行い、手厚い支援ができているため、学べることも多いです。

なので、しばらくはここで、経験を積み、自身の学童保育への理解とスキルを磨き、近々、自分の学童を作ることが今の夢です!そこがホームベースになれる場所です!

これは子ども達にも胸を張って言えます。

「私はみんなの夢を応援する。そしてみんなが夢に向かって精一杯チャレンジできるような、そんな環境を作ることが今の夢だと。」

チャレンジする機会を、後悔しない時間を、誇れるような時間を。

そんな時間を共有できる環境をつくるため、今日も子どもたちと真剣に向かい合い、明日と自分の将来へ繋げる努力を続けます。

夢について語り過ぎましたが、番外編をひとつ。

学童3年目にして初の涙。私なりの恩返し

経験を積む学童に関しては、他の場所も考えていました。

ある程度、資金も必要なので、賃金なども見ながら求人誌を眺める日が数日続いたある日、運動場でこんなことがありました。

集団遊びが苦手な2人の女の子がいました。その子たちはいつも一緒で、2人だけでいつも遊んでいました。でも、どちらも習い事があったりで、学童に来れない日がズレたりすると、遊び相手がいなくて一人でいるような子たちでした。

私は、第2のコミュニティを作ってほしいという思いもあり、この子たちのことを常に気にかけていました、集団が苦手なら、3人なら?4人なら?小規模集団での遊びに積極的に誘い、その中で、仲良しの子もできました。

私は嬉しかったです。お節介かもしれないけど、どちらかが休んだ時、学童にたった一人でいる子がさみしそうで仕方なかった。でも、仲良しの子ができたことが自分のことのように嬉しくて、その日もいつもの2人と仲良くなった2人の合わせて4人で遊んでいる姿を見て、私は安心し、集団遊びを展開させていました。

そしたら、いつの間に私の背後にいつもの二人が近づいて、これを渡してきたんです。

気にかけていた2人の女の子からもらった手紙

運動場のど真ん中で、いきなり渡します!?

女の子たちはは言いました。

「わたしたち、3年生になったら学童辞めるの。だから、来年まで、いっぱい遊ぼうね!ありがとう」(当時1年生の3月)

はい、涙です。本気で泣きました。てか、泣いてるのがばれて、向こうももらい泣きで、運動場の真ん中で三人で涙を流しました。(大泣きとかではないよ(笑))

これほどうれしいことがあったのか、人生で1,2番目に嬉しかった。そこで、決めました。勤務終了後に代表に連絡して、来年も継続して雇ってもらえますか?と聞くと、「助かる、ありがとう」という短いやり取りで1年が決まりました(笑)

大げさに見えるでしょうし、馬鹿な奴だと思われるかもしれません。でも、それが私だということにも気づきました。

せめてこの子たちの退所までは見届けるつもりです。

学童にもドラマはあるんです。マイドラマ。この子たちの気持ちを大切にしながら、これからも頑張ります!

-支援員

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